YoshikawaEiji Zenkan Sangokushi Shihontaiheiki Narutohichou Miyamotomusashi (Japanese Edition) 51QEhUnIXXL

本書は、青空文庫より以下を収録しています。
●全巻 三国志 (01 序 ~ 12 篇外余録)
●全巻 私本太平記 (01 あしかが帖 ~ 13 黒白帖)
●全巻 鳴門秘帖 (01 上方の巻 ~ 06 鳴門の巻)
●全巻 宮本武蔵 (01 序、はしがき ~ 08 円明の巻)
●随筆 私本太平記
●随筆 宮本武蔵
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著者について
吉川 英治(よしかわ えいじ、1892年(明治25年)8月11日 – 1962年(昭和37年)9月7日)は、日本の小説家。
本名、英次(ひでつぐ)。神奈川県生まれ。
様々な職についたのち作家活動に入り、『鳴門秘帖』などで人気作家となる。
1935年(昭和10年)より連載が始まった『宮本武蔵』は広範囲な読者を獲得し、
大衆小説の代表的な作品となった。戦後は『新・平家物語』、『私本太平記』
などの大作を執筆。幅広い読者層を獲得し、「国民文学作家」といわれる。
ウィキペディアより

三国志について
三国志(さんごくし)は、中国の後漢末期から三国時代にかけて
群雄割拠していた時代(180年頃 – 280年頃)の興亡史である。
「三国志」とは、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が争覇した、
三国時代の歴史を述べた歴史書である。撰者は西晋の陳寿(233年 – 297年)(詳しくは『三国志 (歴史書)』を参照)。
(中略)
戦後の三国志ブームの礎となったのが吉川英治の新聞小説『三国志』
(『台湾日日新報』等に連載。単行本は大日本雄弁会講談社、初版1948年・六興出版 1956年)である。
戦闘シーンなどの冗長な描写を省き、人物像にも独自の解釈を取り入れた格調高い歴史文学として評価
されている。また、中国人と日本人との感性の差を考慮し、日本人にとって受け入れがたいエピソード[注釈 4]
作者のコメントを寄せるなどの改変を行っている。それまで単なる悪役扱いだった曹操を、人間味あふれる
乱世の風雲児として鮮やかに描いているのが特徴である。講談社文庫で重版され続け、日本では吉川三国志が
事実上の底本(定番本)となっている。
(中略)
昭和後記以降でのメディア作品では、吉川三国志を基調に、大河漫画作品化した横山光輝『三国志』、人形劇で
NHKで放送された『人形劇三国志』などが高い評価を受けた。また、コーエー(当時光栄)のゲームソフト
『三國志シリーズ』がヒット作品となっている。

注釈
[4] 劉備をもてなすのに劉安が妻を殺してその人肉を提供するなど(鉢の木のエピソードの原型版)
ウィキペディアより

全体の構成
小説全体は以下の10巻から構成される。
1.桃園の巻
劉備・関羽・張飛三人の出会いから、曹操による董卓暗殺未遂まで。
『演義』の第1回から第4回にあたる。
2.群星の巻
曹操の逃亡から、李傕・郭汜による朝政壟断まで。
『演義』での第4回から第10回程度にあたる。
3.草莽の巻
献帝の長安脱出から、下邳の戦いまで。
『演義』ではだいたい第10回から第19回に相当する。
4.臣道の巻
呂布の滅亡から、関羽が曹操の下を辞するまで。
『演義』でいう第19回から第26回にあたる。
5.孔明の巻
関羽千里行から、三顧の礼・隆中対まで。
『演義』では第27回から第37回あたりまでの展開となる。
6.赤壁の巻
孔明出蘆から、東南の風を祈るまで。
『演義』での第38回から第49回あたりに相当。
7.望蜀の巻
赤壁の戦いから、孫夫人が呉に戻るまで。
『演義』での第49回から第61回にあたる。
8.図南の巻
曹操が魏公に昇ってから、関羽が樊城で于禁らを捕らえるまで。
『演義』での第61回から第74回にあたる。
9.出師の巻
華佗の関羽治療から、孔明の第一次北伐出陣まで。
『演義』では第75回から第91回あたりとなる。
10.五丈原の巻
第一次北伐から、孔明死後の魏延謀叛まで。
『演義』では第91回から第105回にあたる。
ウィキペディアより

私本太平記
『私本太平記』(しほんたいへいき)は、吉川英治晩年の歴史小説。
1958年(昭和33年)1月から『毎日新聞』に連載された。
『新・平家物語』に続く大作の長編小説である。初版単行本は毎日新聞社から刊行された。
現行は吉川英治歴史時代文庫(全8巻の講談社文庫版)の他、インターネットサイト
青空文庫では無料で読める(http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1562.html#sakuhin_list_1)。

概要
室町時代に成立し、鎌倉幕府滅亡から南北朝時代を描く軍記物語で、近世以降の文学にも影響を
与えた『太平記』が題材である。
明治体制では天皇に背いた大悪人とされた足利尊氏(高氏)、南朝の大忠臣として美化されていた
楠木正成など、イデオロギー的に語られ、戦前は一種のタブーであった日本の南北朝時代を、尊氏を
主役に新たな解釈を加えて描く。楠木正成も温厚な苦悩の人として描かれ、戦前の忠臣のイメージを
大きく変えている。また、ヒロインに藤夜叉を登場させ、乱世に生きた女性の悲劇を背負わせている。
1957年(昭和32年)に久保文雄により観阿弥関係資料として紹介された「観世系図」によって、
猿楽能で知られる観阿弥が伊賀の服部一族の出自であること、楠木氏と服部一族が姻戚関係にあること、
観阿弥と楠木正成とが血縁にあたる可能性のあることが指摘される。吉川英治は久保を通じてこの説を
知り、作中ではこれに基づいて創作が行われている。
尊氏の若き日から鎌倉幕府の倒壊、建武の新政から南北朝の分立を経て湊川の戦いがクライマックスと
なる。尊氏・直義兄弟の確執などを描く終章はやや急ぎ足の展開となるが、これは最晩年の病床で執筆した
ためであり、完結した翌年、吉川は死去している。
ウィキペディアより

鳴門秘帖
『鳴門秘帖』(なるとひちょう)は、吉川英治の長編小説。
1926年8月11日から翌年10月14日まで、「大阪毎日新聞」に連載。
謎に囲まれた阿波に潜入しようとする青年隠密と、それを阻もうとする阿波藩士の戦いに、青年隠密を恋い
慕う女性の恋情を組み入れたもの。
中里介山『大菩薩峠』、白井喬二『富士に立つ影』と並ぶ、大衆文学を開拓した作品で、伝奇小説黎明期の傑作である。

あらすじ
江戸時代中期、幕府打倒の陰謀が発覚した。幕府は、黒幕を阿波の徳島藩主たる蜂須賀重喜とにらみ、
甲賀の隠密世阿弥を潜伏させる。しかしそれから10年、世阿弥は行方が知れず、その仲間の中には真実を
知るために阿波潜入を試みる者たちがいた。
虚無僧姿に身を包む隠密法月弦之丞(のりづきげんのじょう)もその一人である。世阿弥の娘であるお千絵は
弦之丞に想いを寄せるが、弦之丞は隠密である関係上、その願いはかなわない。
一方スリの見返りお綱は、偶然にも世阿弥の手紙を掏り取った。天堂一角、十夜孫兵衛、旅川周馬の3人は
阿波の陰謀を知り、竹屋三位卿の指示のもと弦之丞の阿波潜入を阻止しようとする。
ウィキペディアより

宮本武蔵 (小説)
『宮本武蔵』(みやもとむさし)は、吉川英治の新聞小説。
朝日新聞に連載されたこの作品は、1935年の8月23日から、4年後の1939年7月11日まで続いた。
二天一流の開祖でもある剣豪・宮本武蔵の剣士として自己を確立するに至るまでの成長を描く。同時に、彼を
取り巻く武芸者たちの人生も描かれている。
剣禅一如を目指す求道者・宮本武蔵を描いたこの作品は、太平洋戦争下の人心に呼応し、新聞小説史上かつてない
ほどの人気を得た、大衆小説の代表作である。連載後も永く、多くの人々が影響を受けた旨述べている。

あらすじ
関ヶ原の戦いで西軍に就き、敗れた新免武蔵(しんめんたけぞう)。立身出世を望んで故郷の村を出た武蔵は
生きる目標を失ってしまい、相棒・又八ともはぐれてしまった。
又八が行方不明になったことを彼の親族に伝えるべく村へ帰るも、残党狩りという名目で村人たちから非情な
迫害を受けることになる。近寄るものを全て斬り殺してしまい、心も身体もぼろぼろになった武蔵の前に沢庵宗彭が現れる。
沢庵に出会い捕縛された武蔵は、自分の生きる道を説いてもらい、剣禅一如を目指し再び剣の道に生きる志を立て、
名乗りを宮本武蔵と改める。
その後、武者修行の旅を始めた武蔵は、幾多の武芸者に出会い、成長していく。
ウィキペディアより

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